インスタで闇の世界にダイブしがち

 

ぱとむあるあるです。
リーキーガット症候群、社会不安障害、腹鳴り恐怖症、その他あるあるなんかも書きます。

あるあるじゃない日々のことも書くかもです。

共感できなかったらすみません。

 

「納車!レクサス買いました!」

♯新車 ♯上位モデル♯たいしたことないよ

スマホ画面にそんな文面とキラキラした写真。

そして、

ムムム顔の僕。

 

インスタグラム(以下インスタ)に投稿していた彼は小中学校時代の同級生。

その後、

と、調べるムムム顔の僕。

(こんな高いの一括で買ったんだ…。)

さらに、

(ふんっ、車なんて負債だから、そんな高い車…)

なんて訳の分からない強がりを言いつつ・・・。

客観的に見れば「うわっ何してるの…」と誰にも見せたくない恥ずかしい姿です。

そのときの僕の心は『嫉妬』という名の闇の世界にダイブしておりました。

 

僕がインスタを使い始めたきっかけは、遠いところに住んでいる甥っ子の姿を義姉がインスタに投稿していたからです。数年に一度しか会えない可愛い甥っ子の近況を見ることができる唯一の手段です。

そのために使っていたため自ら写真を投稿することは一度もなかったです。

フォローもフォロワーも20人程度と少なく、昔の友人がフォローしてくれたらフォローバックするような感じでした。

上記の友人もそのようなかたちでフォローしていました。

 

それにしてもなんでそんなに嫉妬したのか?

 

実を言うとその友人とは昔、ライバル関係でした。

 

普段は仲が良くしょっちゅう遊んでいましたが、サッカークラブでは同じポジションを争い、クラスでは好きな子をとりあった仲でもありました。

中学を卒業してからは数年に一度、飲み会や友達の結婚式で会うくらいでした。

なので、ライバル心はもう無くなったものだと思ってましたが、嫉妬に駆られたということは、やはりまだ心の中になにかくすぶるものが残っていたのでしょうか。

 

『人は自分に近い(物理的、精神的)人に嫉妬する』

という言葉を聞いたことがあります。

確かに今になってその言葉を自分のことに置き換えて考えてみると、

「孫正義やマークザッカーバーグがレクサスを買った!と言われても嫉妬することなんてないよなぁ」

と冷静に理解、もしくは無関心でいられます。

 

ただその友人のように比較的近い人間、ましてやライバルが自分に手の届かないものを手に入れたとなると話が変わってきます。

「へー!すごいな!おめでとう!」

「よし!彼が頑張って手に入れたんだから自分も頑張ろう!」

とか言えないし、純粋に思えないんですよね。

ひとつ言っておくと彼はイイやつなんですよ。友達も多いし。家庭もあるし。

PATMでパッとしない人生を歩んでいる自分と、はたから見れば幸せしかなさそうな彼。

ずっと比べているとそんな彼を嫉妬する自分が嫌になってきます。

自分をホント消したくなります。

 

まあそんなこと言ってずっと落ち込んでてもしょうがないんで自己嫌悪に陥らない対策を考えました。

インスタはリア充成分を吐露するところなのでなるべく見ないようにする。

自分を好きになって他人の幸せを祝えるような人間になる。

このふたつです。

時間はかかるとは思いますが。

 

まだまだ世の中インスタ映えやらなんやら言うておりますが、これからは『インスタ萎え』が流行るんじゃないかと勝手に思ってます。犬のう●こ踏んだとか、骨折したとか、etc…(自分のことです)。

なんだかんだ人の不幸のほうがみんな好きでしょ。笑

インスタ萎え投稿始めてみようかな。

なんてね。

 

 

おしまい

 

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